プロフィール

ニーゲム大戸木

Author:ニーゲム大戸木
H22年10月に潰瘍性大腸炎となる。
肉、ラーメン、カレーなどが食べれなくなり、その結果体重18キロ減(1/04現在)
フルメタボボディーは返上w
現在、激しい食事制限を行いながら病魔との戦いに明け暮れている。
食い物を諦めた訳では無く、食べれる物でリポートを続けてます。

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豚王我が生涯一食の悔い無し

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ちょっと昔の旅(神田編)

ちょっとブログサボりました。 ニーゲムですこんばんわ。

神田の仕事がやっと終わりました。
いつもの倍以上かかりましたが何とか・・・・・・
朝一で終わらせたので時間が空きましたんで、神田散策しましょう。

ココ神田は私にとって懐かしい町です。
十数年前に3年程仕事で通ってましたので・・・懐かしいっす。
神田駅の西口から歩いて小川町方面まで通ってました。
CA3B0332.jpg
西口商店街です。見慣れない店が多くなりました。
時間の流れを感じますね~~~~~

CA3B0334.jpg
うなぎのうな正さんです。
私が通ってる頃からありました。老舗ですね。
ランチ時に当時850円くらいでうな丼出してたんです。庶民の味方です。
当時は鰻と言えば銀座の「ひょうたん屋」さんに通ってた頃なんでこの店には入った事無かった。
(;´Д`)・・・・入れば良かったなぁ~~~~

CA3B0333.jpg
かつ進さんですね。カツ丼で有名なお店。
こっちじゃ無い小川町に近い方にあったお店(今は移転したみたい)にはお世話になりました。
当時大盛りのお弁当を何度も買いました。とっても美味しかったです。
不思議と店ではあまり食わなかった(;´Д`)・・・混んでたしね。

CA3B0331.jpg
そして、西口と言えばココ!親子丼で有名な伊勢ろくさんです。
ココも通いましたね~~~親子丼を何度食べた事か。
親子丼の美味い店と言う看板がある店の看板倒れ率はかなり高いですが、
この店は抜群に美味かったです。看板に偽りなし。
ココの親子丼を私の中での親子丼の基本にしてしまったのでハードルが高くなってますw

実際知ってる店はこのくらいでしたよ。
後は洋服屋さんくらいかなあ・・・・覚えてたのは。
この頃にアキバの聖地「サンボ」を教えていただきました。
今でも思うけど、この時期の私はパワフルだったと思いますね。
チャットをやってた時期でいろんなオフ会にも顔出してたし遊び歩いてたなぁ~。
仕事もバリバリやってたし、この当時覚えた事は今の私の基礎になってます。
当時のチームの長は今やメーカーの社長さん。(サンボ教えてくれたのもこの人w)
今思えばこの仕事をやり始めて一番面白かったかも。

そんな思い出に浸れました。
結局、メシの話ばっかりぢゃねーか!(#゚Д゚)ゴルァ!!
そんな御批判は受付ませんのであしからず。


じゃば。
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テーマ : 日々のつれづれ
ジャンル : 日記

伝説のカツ丼

今日も暇があるのに金が無いニーゲムです。こんばんわ。

私、こう見えてもカツ丼にはうるさいんです。
何故かというと私が蒲田の某専門学校に通っていた頃に食べに行っていたカツ丼のせいなのです。
店の名は「大衆の店 光」と言いました。
ココは当時通ってた学生ならば誰もが知ってる有名店で、昼ともなれば長蛇の列が出来る店でした。
皆の目当てはここのカツ丼で、当時360円だったと記憶しています。
具は卵とチープなカツだけという玉ねぎも入って無いシンプルなカツ丼でしたが、
その美味さの秘密は出し汁にあったと思います。
甘めのしっかりした出汁で、チープなカツが出汁を吸うので余計に美味い。
卵の具合なんかも半熟加減がタマらんかったです。
オジサンとオバサン、そして竹内力似のお兄さんの3人で店を切盛りしていました。

今でもその店があれば恐らく2ちゃんで単独スレが間違いなくあっただろうその店は、
私が2年になった頃に突然閉店してしまったのです。
理由は未だに良く分かっていません。
店の改装をしてるとばかり思ってたら、変な喫茶店になってしまった。

という訳でこの店は伝説になってしまったんです。
私は美味いと評判のカツ丼は必ずと言っていいほど食べに行きます。
神戸の有名な某カツ丼も食べに行きました。
美味しい店はそれなりに満足して帰ります。

しかし、残念ながら未だに光のカツ丼を超える店は現れません。
まあ、恐らくは無理だと思うんです。あの値段で、あの味を出せる店がありっこない。

分かっているが辞められない。

「食」に終着駅無し。と言ったところでしょうかね。

忘れえぬ思い出の味

今日は仕事がなくて休みなので(そんなんで大丈夫か?俺?w)ちょっと思い出の味について書こう。

その店は国道一号沿いにあり、今は跡地に「うまみ屋」というラーメン屋が入っている場所。
そこに一年ほど前まで相模家というラーメン屋さんがあった。
所謂「家系」のラーメンなのだが「吉村家」の直系ではないいわば亜流家系。
その昔とある直系の家系で働いていた方がのれん分けしてもらえず、
その作っていたラーメンそのままで独立して出してしまった。それが大田区にある「こうや」である。
そして、相模家はその「こうや」で修業した大将が開いたお店だ。
この店との出会いは14年前にさかのぼる。当時、家系にどっぷりハマっていた私が新杉田(その頃吉村家は新杉田に在った)何度も通ってる頃に国一沿いに「家」を冠した店が出来た。
もしやと思った私は店の前に着くなりその匂いで分かってしまった「ようやく家系が平塚に出来た」と。
あの時の嬉しさは忘れない。
中に入ると「いらっしゃい」と声を掛けてくれたのがそれから長い付き合いになる相模家の大将だった。
中に入った私は「海苔ラーメン」を海苔増し、麺硬めで注文した。
メニューにはネギラーメンやキャベツラーメンなどあまり見ないものが書いてあった。
見慣れないものが出ていてちょっと不安だったが店の中に漂うとんこつスープの匂いがそれを打ち消していた。
ラーメンが来た。スープを飲んで確信した「これで新杉田に通わなくて済む」ホッとした。
麺をすすると中太のストレートで家系定番だがちょっと違う。
そしてチャーシュー・・・・激ウマだった。当時の家系はチャーシューがいい加減なところが多かったが、
ココのは美味いチャーシューだった。後に炭火で焼いている本格的なチャーシューだった事がわかった。
大将は元肉屋さんでチャーシューや餃子(この店の定番だった)などもずっと作っていたので美味かったのだ。
年末にはチャーシューブロックを予約して持ち帰り、新年の酒のつまみにしたものだった。
この店で良く食べたのはキャベチャー(キャベツとチャーシュー)ラーメン。
キャベツはお湯に湯通しして、盛るのが流儀。「こうや」の定番だったらしい。
あと、この店で語らなくてはいけないのが「塩とんこつ」である。
私の知る限り家系で塩を出したのはこの店が最初。塩ラーメンブームが来る遥か前である。
大将に「何で塩ラーメン作ったの?」と聞いた事がある。
大将は「飲んで帰って来た時にラーメン食おうと思ったんだけど、今作ってるラーメンが思い浮かばなくてさ・・・・それで、飲んだ後食えるラーメンを作ろうと思ってね」
それがきっかけでこの店の顔ともいえる「塩とんこつ」が出来たのだった。
3年ぐらい前からだろうか・・・大将が胃が痛いと言い出した。その時に胃カメラ飲んでみたら?と勧めたのだが・・・・・コレが俺の最大の後悔の始まりとは思わなんだ。
胃カメラで異常が出なかったというのと腰に湿布を貼ると痛みが引くという事で腰痛かなぁ?と安心してしまった。
その後、自分もバタバタしてたせいで中々店に行く暇がなく過ごしていたのだが、しばらくぶりに行った時に相変わらずなんだよと話を聞いてCTスキャンをこの時点で勧めた。
完全な失敗だったと今は思う。せめて胃カメラの時に一緒にやらせておけば・・・と。
その次の日大将はCT撮りに行ったらしい。
この日から休業が続いた。
その後二日間だけ営業再開して店を再び休業することになる。この日に偶然行けたのは何かの導きだと今は思う。
その行った日に大将がすい臓がんだと聞いた。
病院に見舞いに行った時が大将を見る最後となってしまった。あの時がっちりと握手した時の事は生涯忘れる事はないだろう。
そして、今年の一月末に大将は逝ってしまった。

本来であれば、このブログの一番最初を飾るのはこの店だったはず。
それが出来ない悲しさと悔しさがとても心残りである。
でも、本当に本当にありがとう大将。

テーマ : ラーメン
ジャンル : グルメ

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